極私的生誕40周年記念映画

The extremely private film of my 40th birthday

2022年/日本語/日本/39分/ワールドプレミア

解説

40歳を目前にして、自分が手にしていないもののことばかりを考えるようになった。それは、自分の選択だったはずだ。そして、その代わりに手にしてきたものもあるはずだ。それなのに、急に今までの自分の人生が、何もない虚しいものに思えてきた。そして、これからの人生は、今まであった無限の選択肢は、もうほとんどない様に思えた。だけど、そうやって自分を制限しているのは、自分自身でしかないと思う。そんな自分を救うためにこの映画を作りました。

あらすじ

もうすぐ40歳になる主人公フニャコは、40歳だからこうあらねばならない、40歳だからもうこんなことはしてはいけないという世間からのプレッシャーに息苦しさを感じ、バイクに跨って旅に出ます。そこで、時空の歪みにより、不思議な村に迷い込みます。そこでは、村人全員が、何の疑問も持たずに、重い地蔵を背負って不便極まりない生活をしていたのです。村人たちの生活を観察しているうちに、フニャコは、自分を縛り付けていたのは自分自身だったということに気づき、新たな気持ちで自分の日常に戻っていきます。

監督

長谷川千紗
2001年早稲田大学在学時に演劇を始め、その後、数々の舞台に出演。2016年、活動の場を映画に移し、出演、制作を続ける。2021年初監督作品『くっつき村』が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭優秀芸術賞、滋賀国際映画祭奨励賞を受賞。2016年自身の脚本・主演作『憂鬱な花』が日本芸術センター第8回映像グランプリを受賞。俳優としては、2018年度ピンク大賞新人女優賞等、受賞多数。

スタッフ&キャスト

監督/脚本 長谷川千紗
出演 赤羽一真、唐澤一路、夏目大一朗、森りさ、春園幸宏、村田啓治、小林麻祐子、捧剛太、知久泰宏、重盛さゆり、原咲季、みやたに、泉水美和子、フレッド、ほたる、浜田愛、伊藤千由李、上西雄大、徳竹未夏、古川藍、長谷川千紗
スタッフ 堀惠磨人(照明)/堀惠磨人(撮影)/堀恵磨人、斧研雅子、織田大、原江美子(録音)

上映スケジュール 7/28 thu – 8/1 mon

Director’s Voice

1.映画制作をはじめたきっかけは?

元々、長い間俳優をしていて、シナリオを書いたこともありました。私の脚本・主演作である『憂鬱な花』という作品を見てくれた、ある人生の大先輩が、「人生はチャレンジしなきゃダメ。どうせ失敗すると思うけど、失敗する前よりはできることが多くなっている。そうしたら次のチャレンジは一回目よりも成功に近い。自分で監督もしてみなさい」と強く勧め、制作資金をくれました。一度、監督してみたら、自分の想像した世界を形にして人に見せることが楽しくて、またやってみようと思いました。

2.影響を受けた作品や監督は?

自分が俳優として出演してきたすべての作品、70分近い作品を3日日間で撮るVシネ、ピンク映画の現場、今村昌平『楢山節考』   シナリオの相談をした堀井彩監督 熊切和嘉監督

3.本作の制作動機、インスピレーションは何でしたか?

40歳になる直前にこれまでの自分の人生は何もなかったという虚無感で情緒不安定になり、この気持ちを作品に昇華させて自分を救ってあげないとヤバいと思った。友人の口癖で、「重い過去や業を背負った人」のことを、「重い地蔵を背負った人」というものがあり、登場人物に本当に地蔵を背負ってもらおうと思った。この映画の中で、地蔵を絶対に降ろしてはいけないというのはただの思い込みである。私の日常を不自由にしているものも私自身のただの思い込みであると思いたかった。

4.本作ではどんな困難に直面し、それをどう乗り越えましたか?

最初の作品は0から物を作り上げる困難さに絶望しかけ、できたものを人に見せる恐怖に心が挫けそうになりました。本作品は2作品目で、最初の作品から続けて参加してくれる仲間が数人いました。前作よりも映画制作を楽しめたと思います。経験をするということは、偉大なことだと思いました。大変だったのは、長野県の下伊那郡の方で撮影したのですが、東京から車で4時間、電車では7時間と遠かったこと。ほとんどがロケで、水不足の設定なのに、直前まで天気予報が雨だったこと。本番は奇跡的に晴れました。など、色々あります。

5.本映画祭への応募動機と選出された心境は?

日本最大のファンタスティック映画祭ですので、自分の映画の作風と合っているし、自分の映画を面白がってくれる懐の広さをこの映画祭には感じていました。私が映画に込めた想い、私にとっての映画の存在を理解してもらったように感じてとても嬉しいです。

6.ご覧になる皆さんへメッセージを

正直に言うと、自分を救うためにこの映画を作ったので、誰からも面白いと思われなくても別にいいと思っています。たくさんの人を巻き込んで、貯金を使って、自分の為に映画を作りました。ものすごい贅沢でした。タイトルも、ほとんどの人から『地蔵村』への変更を勧められましたが、優柔不断な私には珍しく、自分の意見を変えませんでした。それでも、誰かがもしこの映画を見て少しでも救われたらなんておこがましいことは思いません、もしも誰かがちょっとだけ笑ってくれたり、ちょっとだけなるほどねと思ってくれたら、ものすごく嬉しいです。