スケルツォ

2021年/日本語/日本/94分/ワールドプレミア

解説

記憶とはあまりに頼りないものです。絶対に忘れないと信じていた愛おしい過去さえ、次第に薄れ、消えていってしまいます。それに不信感を抱いた僕は、いつしか記憶することを諦め、代わりに記録するようになりました。もし、”一日経つと全て忘れる”としたら…。記憶から確かなものが何一つ残らずとも、残された記録を元に人を愛することはできるのだろうか?そんなことを考えていたら徐々に作品のイメージが膨んできたので、映画という形式で記録することにしました。

あらすじ

ヒゲを剃り忘れ続けている晃司は、一日経つと全てを忘れてしまう。部屋のテレビに繋がれたハンディカムカメラを手に取り街へ出て、ガールズバーで楽しむ、お金を持っていないので逃走する、腹が減ったのでピザ配達員からピザを強奪する、金が欲しいので見知らぬ家へ入り込む、浅草観光する、風俗嬢とセックスする─。晃司は後先を考えずに行動する。「毎日生まれて毎日死ぬ」からだ。ある日、部屋でバットを見つけて野球場に行くと、日菜子と出会う。彼女もまた、晃司と同様に一日経つと全てを忘れてしまう人だった。晃司は部屋の壁に貼ってある日菜子の写る無数のチェキを見て、今までに日菜子と過ごした日々を自分が忘れていることに気づく。連続性のない毎日に終止符を打とうと決意し、日菜子と記憶を定着させる旅に出る。

監督


塩川孝良
2020年、日本大学芸術学部映画学科卒業。現在制作会社勤務。昨年一児を授かる。自分の好きなものである映画、を撮っていれば幸せだろうと思い高校生の時に映画を撮り始める。しかしそれだけでは生きていけないことを知る。『愚か者、HINAのためのセレナーデ』 札幌国際短編映画祭2019(最優秀国内作品賞,最優秀女優賞)

戸松幹太
2018年、日本大学芸術学部映画学科を卒業。現在はレコード会社に勤めている。数年前から自分の記憶力の無さに自信がなくなり、日々を日記や映像で記録している。『星野・メルヘンのわくわく卒業旅行♡─五島の朝─』イメージ・フォーラム・フェスティバル/ヤング・パースペクティブ2018(入選)

スタッフ&キャスト

監督/脚本 塩川孝良、戸松幹太
プロデューサー/原作 塩川孝良
出演 塩川孝良、芽衣子、並木雅浩、森山舞子、柊まこ、西崎司、姉川相、ニッチロー’
スタッフ 塩川孝良、戸松幹太(編集)
田邉健太(撮影)
若井幸博(録音)
山本翔太(美術)
姉川相(制作)
佐藤そのみ(助監督)

上映スケジュール 9/16-9/20

プログラミング・ディレクター塩田時敏コメント

どこか日本映画離れした、チョイ悪オヤジの対極にある、イタリア体質なネチッこさを纏った、愛についての冗談映画だ。が、日が経つと諸々忘れる事の多くなった我が身には、たんにシニカルな喜劇では見られない(笑)。総監督塩川孝良のプロモにも見えかねないが、そこを共同監督の戸松幹太がキュッと絞めている。そういえば十数年前のPFFに、“付け髭男”の「スケルツォ」(監督:平波亘)という映画があった。

Director’s Voice

1.映画制作をはじめたきっかけは?

中学生の時、YouTubeでクイーンの『Live Aid』での演奏を見て、圧倒的に観客を熱狂させる彼らに“人生の可能性”を感じ、ロックスターに憧れる。その後自分なりの表現を映画の中に求め始め、高校で戸松らと出会い映画制作を始める。(塩川孝良)

高校生の頃から記憶というものに不信感を抱き始め、それから毎日、日記を書いている。スマホのインカメラを自分に向け、ビデオ日記と称して語る。しかし時間と共に忘れ去られてしまう今を積み重ねた膨大な記録は、整理しなければただのゴミであることに気づく。大学では映画学科に入学し、映画というフォーマットに落とし込むようになる。私的なものから始まった記録はいつしか、人々の記憶に定着させたいという夢を帯びた。(戸松幹太)

2.影響を受けた作品や監督は?

ハル・アシュビー『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』
ジョン・G・アヴィルドセン『ロッキー』
黒澤明『生きる』                        
モンティ・パイソン
クイーン
(塩川孝良)

タル・ベーラ『サタンタンゴ』
押井守『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』
平野勝之『由美香』『流れ者図鑑』
浅野いにお『おやすみプンプン』(漫画)
リチャード・ブローティガン『愛のゆくえ』(小説)
(戸松幹太)

3.本作の制作動機、インスピレーションは何でしたか?

「彼女と別れた。楽しかった過去がまるでなかったかのように、僕たちは他人になった。付き合っていた当時の輝かしい写真のみが、変わらずに僕の手元に残っていた。忘れるのが怖い、だから記録し続ける。こうして僕は記録をし続けて今まで生きてきた。しかしそれは本当に合っているのだろうか?」という監督・戸松の不安が元になっている。
「記憶」「記録」そして「愛」について、それらの本質を突き詰めてみたくなり、この映画を制作した。今思うと、当時の僕らには”愛してる人”がいなかったからこそ、この映画が制作できたのだと思う。

4.本作ではどんな困難に直面し、それをどう乗り越えましたか?

現在は90分となったが、もとは180分で完成予定だった。もっと見やすくしなければならないと思い、半分の尺に再編集した。あと、学生映画にしては金がかかり過ぎてすべての預金を失った上に、多額のリボ払いによる負債を負う。現在は返済済み。(塩川孝良)

会社を休まなければ撮影することができなかった。そのため、会社を休んで撮影をした。その結果、大阪に左遷されることになった。現在は東京に戻ってきて窓際族を務めている。(戸松幹太)

5.本映画祭への応募動機と選出された心境は?

この映画製作では得たものと同じくらい、たくさんのものを失った。制作に掛けた2年間の歳月、膨れ上がるリボ払い、会社での出世の未来、そのほか、ここでは書き記せないような数々のこと…
ここまで全力投球したものが評価されなかったらどうしようとずっと不安だったので、多くの方にご覧いただける機会に恵まれ本当に安心しております。これでようやく、この映画が完成します。

6.ご覧になる皆さんへメッセージを

ぜひ、映画を見ながら自分の人生をぼんやりと振り返ってみてください。そんな機会にしていただけたら、制作者の冥利に尽きます。
”愛している人”がいる方、またはいない方に、この映画を捧げます。